澳門(マカオ)のカジノブログ:1
かくして、私は葡京酒店(リスボア)にて、無勝手流にブラックジャックを嗜んでいたのですが、一つ席を空けて隣にいた見知らぬ老年の殿方に不意に声を掛けられました。
「御一人ですか?」
茶色の背広に上等な帽子を被って、立派なる口顎髭を蓄えています。フィンセント・ファン・ゴッホ氏そっくりでしたので、私は心中ひそかに「ゴッホおじさん」と名付けていた方です。彼が身を寄せてくる際、鼻につくのは押入れの香り。殿方用の香水の香りでしょうか、はたまたフェロモンと呼ばれるものでしょうか。 この多重底の奥深い匂いが「大人の男の香り」なのかしら。この人こそ巷でしきりに噂される、あの「石油王」なのかしら。
老年の殿方から軟派を受け、銀幕の冒険が始まると、小さな拳をグッと握ったのも束の間でした。東洋系の彼が申すには、「小さいお金ではなく、大きいお金を掛けろ」とのことでした。もうちょっと、様子を見ます、と喉元まで出ました。けれど、私は澳門(マカオ)に働きたくないからギャンブルで稼ぎに来たのです。あの日味わった酔狂、身を委ねて誰もが予想だにしない一手で、一財産を築いてやると心に誓って祖国を飛び立ったのです。博才の有無?ツキを読む?ストラテジー?私はギャンブラー!この勝負受けて差し上げましょう!!!「仕方ないなあ」と手持全財産2,000HKDをオールインベット。ゴッホおじさんは、藁半紙を丸めたように笑っています。きっと私は、慎ましさのカケラもない憎たらしい顔をしていたことでしょう。
最初のカードは… キング
(キタ!!!)
ディーラー… エース
(えっ…)
2枚目のカードは… 2
(……)
ディーラー「ヒット or ステイ?」
私「…サレンダー」
先程の威勢は何処へやら、火鍋に浸かっているが如く身体が熱い。入店15分で全部スッてしまうところでした。藁半紙のゴッホ氏が視界に入ったと思いきや、こう語りかけました。
「楽しませてもらったので、2,000HKD分のチップを受け取ってくれないか」
ひょっとすると、この殿方は石油王と言わずとも、不動産所有王なのかもしれない。しかし、調和のある人生とは慎ましさを抜かしては成り立たぬものと思われます。
「いえいえそんな」
「遠慮せんでよろしい」
私は重ねて辞退しましたが、ゴッホ氏のせっかくの新設を無下に断るのもかえって非礼になりますし、この資本主義社会において長い髭には巻かれろという言葉もあるくらいです。ゴッホ氏は、私がどのような態度をとるのか興味津々といった面持ちで、その綺麗なエメラルドのような眼で見つめてくるのでした。私を見つめるぐらいならば、自動販売機を眺めている方が心楽しい充実した時を過ごせましょう。私は自動販売機よりも面白みに欠ける無粋者なのです。一歩譲って私がコカ・コーラ社の自動販売機だとしても、コーラしか売っていないため、隣の多種飲料を販売している自動販売機に圧倒されているいることでしょう。そして、私は小さな拳をグッと握りながら言いました。
「1,000HKDだけなら…」