澳門(マカオ)のカジノブログ:3
ゴッホ氏が連れて行ってくれたのは、セナド広場から入り組んだ道を入った東側にそびえ立つ荒廃したビルの最上階です。ガラクタだらけの古いビルで、廃墟に足を踏み入れて行くようにも思えました。ゴッホ氏が錆び付いた分厚く重い扉を開けると、控え目な明かりが漏れてきて、人々の呟き声も聞こえました。汚れたカウンター、拾ってきたような薄汚れたソファや椅子、壁には手書きのメニューがベタベタと貼ってあります。お客は皆、めいめい勝手に陣取ってお喋りをしています。私はゴッホ氏に勧められて青島ビールを飲みました。
働き続ける人生を何とかして、はやく隠居したい。たとえば大原はどうでしょう。ヴィクトリア朝京都の忌々しい喧噪もスモッグもあそこなら届きません。心穏やかに生きていけます。そう、苔むしたわらべ地蔵たちとぷつぷつ語り合うのです。いやはや、そんな退屈な生活に私が耐えられるでしょうか。働きたくないからカジノで生計を立てようとしている小娘に、毎朝タケノコを掘って若竹煮を主食として小さな庵に立て籠もる才能はあるのでしょうか。まだ人生は始まったばかり、これからバリバリ活躍するのです。さあ、待ってなさい世界!気が付けば、そんな悲痛の叫びとよく似た独り言を重ねていました。
一方で、ゴッホ氏は娘さんのお話をしてくれました。妻とは10数年前に離婚して、以前までは娘さんと一緒に暮らしていたようです。娘さんは仕事のために遠方にいってしまっため3年以上会っていない。ゴッホ氏はぽつぽつと語りながら、一度だけ、ぐいと手の甲で目尻を拭いました。
「親が子供に願うことは、ただ幸せになってくれることだけだよ。ただ、会えないのは少しばかり寂しいね。今度転職するという話を聞いたけれど、転職先も遠方のようだ。この地元で職を見つけてほしいというのが本心なんだけどね。」
「転がらない石には苔が付きます。親の心子知らずなんてことはなく、きっと今は色んな経験を積んで、柔軟に生き抜こうとしている時期なのかもしれませんね。娘さんも親御様との葛藤があったかと思います。」
「そうだね。今日はこうやって通りすがりのキミと知り合って、楽しい時間を一緒に過ごせて幸せだよ。ありがとう。」
彼は色鮮やかな鶏のかたちをしたキーホルダーらしきものを光悦茶の手鞄から取り出して、私の手のひらに置きました。
「キミにお守りをあげよう」
ポルトガルで幸運のシンボルと伝えられている、ガロという幸運のお守りだそうです。手のひらで仔細に眺めてみると、ハートのような模様があってキュートです。
「大事にしてあげておくれ」